ものづくりを訪ねて
リネンバードハバーダッシェリー(THE LINEN BIRD HABERDASHERY)シリーズのひとつとして、木工作家の井藤昌志さんといっしょに、ピンクッションを作りました。

HABERDASHERYとは、英語で生地や手芸材料を扱うお店のこと。
つまり、リネンバード手芸店。実際に店舗があるわけではありませんが、これからは手芸に関するアイテムにこの名前をつけて物づくりの楽しさを皆様にお届けしたいとおもっています。

そのひとつとして生まれたのが、このピンクッション。
もともとは家具や暮らしの道具を作られる井藤さんですが、最近は楕円形の木箱・ シェーカーボックス作りでも人気があります。小さめサイズのシェーカーボックスを 裁縫箱として使う人も多いということで、それならぴったり収まるピンクッションがあったらいいのでは?と、早速お願いしてみたのです。
こうして井藤さんの作る小さなシェーカーボックスに、リネンバードのリネン生地で 作った針山を合わせたピンクッションが完成しました。


シェーカーボックスとは?

18世紀後半にイギリスから渡り、19世紀にアメリカで発展したキリスト教団体・シェーカー教団が独自に生み出した生活用品のひとつ。
メイプル(楓)などの薄い板でできた楕円の箱で、大きなものから小さなものまで何段階も大きさがあり、入れ子に収納できるのが特徴。所有欲を嫌い、規律を大切にした彼らは俗世間を離れて自給自足の共同生活を送り、それぞれ自分の持ち物をこの箱に入れていた、といわれています。食べるものはもちろん、家具や生活用品、道具などあらゆるものを自分たちで作っており、それらはみな、「美は有用性に宿る」という彼らの主義に表されるとおり、装飾性をできる限り排し、実用性・機能性をとことんまで追求したものでした。といっても決して味気ないものにはならず、潔い美しさと気品をたたえているのが特徴です。
禁欲、独身主義を旨としていたシェーカー教徒は、結局20世紀にはほぼ消滅してしまいましたが、簡素だからこそ美しいその家具や道具は、技法とともに今に受け継がれています。




井藤さんの工房を訪ねました

井藤さんのつくる家具や木の道具はどれも、洗練された美しいフォルムが印象的。木という材質を生かしつつも、そのぬくもりや素朴さに流されず、また実用性だけにもデザインだけにも偏ることのないバランスのよさが持ち味です。
強い存在感を放ちながらも、実はどんなインテリアにもすっとなじむ。
その作品の魅力はきっとそんなところにあるのではないでしょうか。

井藤さんの作品がどんなところで作られているのか?
そしてシェーカーボックスはどうやって作るのか?
見せていただくことになりました。

レンガや窓の形、レリーフなど、
古いけれど目を引く建物です。



薬局だった古いビルを工房、自宅、そしてカフェに

井藤さんの工房があるのは、長野県松本市。それまで活動していた岐阜県郡上八幡から昨年移り住んできました。
その大きな理由のひとつが、松本市の中心部にある、昭和初期に建てられた古いビル。井藤さん夫妻はこの建物にすっかり魅せられ、1棟まるごと借りて仕事と家族との生活の場にしようと決めたのです。
昔は薬局だったというこのビル。モダンな外観は、当時のオーナーの趣味によるものとか。もちろん、中も天井にレリーフが施されていたりと、とても凝ったつくりです。
井藤さんはここの1階を塗り作業の工房に、3階をご自宅にし、2階では奥様の万紀子さんが「ラボラトリオ」というカフェとギャラリーを開いています。
「郡上八幡に比べて松本はとても乾燥しているので、木工をやるには適しているんです。それと、こういうちょっとおもしろい場所に住むことで、今までとは違うものが生み出せるかもしれないですしね」。


2階のギャラリーには、井藤さんの家具が展示販売されています。



シェーカーボックスの作り方を教わりました

井藤さんがシェーカーボックスを作り始めたのは4年ほど前。「洋服作りをしている友達から、オリジナルの裁縫箱を作ってくれないかと頼まれたのが始まりでした」。
でも、同じように木を扱うとはいえ、家具作りとはまったくの畑違い。最初はちょっと戸惑いましたが、シェーカーボックスの美しさには心惹かれるものもあり、作ってみることに。確かに、シェーカーボックスやシェーカーの家具と井藤さんのつくる家具や道具とには、共通点があるように思えます。


シェーカーボックスの作り方をざっと教えていただきました。


1. 木を薄く削ります。これにはベルトサンダーという専用の機械を使います。
  削ったものは全部使えるわけではなく、木目のきれいなところだけを選びます。


2. 側面、ふたの側面の部分を切り出します。合わせ目は先に向かって細くなっており、
  スワローテイル(つばめの尾)と呼ばれ、シェーカーボックスの特徴とされています。


3. やすりをかけて表面をきれいにします。


4. 熱湯でぐらぐらとゆでます。
  「こうすることで、木の中にたっぷり水分を含ませることができ、曲げやすくなります」。


5. 曲げながら型にはめて固定し、スワローテイルを
  銅製の釘で留めてそのまま乾燥させます。
  「ふたもいっしょに型にはめるんです。
  これがぴったりサイズになる秘密です。」





6. 完全に乾燥したら型からはずします。


7. 底、ふたの上部をつけます。

8. オイル、または塗料を塗って仕上げ。
  「無着色のものはアマニ油をベースにしたオイルを
  塗り、赤いほうはミルクペイントという牛乳の脂肪分
  を使った塗料を使っています」。赤い色はレンガを砕
  いたもので、自然の顔料を使ったナチュラルな塗料
  とか。





9. これが焼印を押す機械(写真左)。
  先端部分が電気で熱せられて熱くなり、
  木に押すことで印がつきます。

  焼印を押したら完成です!



小さなピンクッションならではの苦労もありました

シェーカーボックスには決まった大きさがあり、今、井藤さんが作っているのは12種類。
ところが、今回依頼したピンクッションは円形が直径5.5cm、楕円が長径7cmと、それらとは比べものにならないほど小さなものです。
「ピンクッションは小さくてカーブがとても急なので、最初、通常使うチェリー(桜)で作ってみたら、割れてしまったりしたんです」。そこで、より緻密で水分を含みやすいメイプルで作ることにしました。
「でも、やっぱり曲げるのには苦労するんです。特に楕円より円形が難しいですね」。
よい木材選びが、シェーカーボックス作りのとても重要な部分なのだとか。
「すべて木目で決まるんです。木目がきれいじゃないと、型にはめて乾燥しても、あとで変形したり割れたりしてしまうことがあって。素直で欠点のない木目の材を選べば、そんなことは起こりません。いかにいい木を手配できるかが、まずはとても大切なんです」。
小さくても作り方にひとつも変わりはなく、そのミニチュアっぽさがかわいらしいピンクッション。
リネンの針山部分は、リネンバードでひとつひとつ手作りしていますが、その風合いともよく合っています。



シェーカーボックスは、たくさんのイメージの詰まった箱

最後に「井藤さんのお宅でも、シェーカーボックスを活用してるんですか?」とお尋ねしてみると、こんな答えが返ってきました。
「うちで使ってるのはどれも、売り物にならなかったものばかりなんですけどね(笑)。もちろん、使っていますよ。裁縫箱にもなっています。一番小さいのは、子供たちがそれぞれ宝物を大切にしまっているみたいですよ。まあ、宝物といったって石ころとかボタンとかですけど(笑)。あとはお菓子を入れたり、大きいものには茶筒とポット、湯のみなどのお茶セットが入ってます。けっこう密閉性がありますからね」。
それぞれの人がそれぞれの思いに合わせ、いろんな形で使うことのできるシェーカーボックス。それは井藤さんの家具と同様、どんなスタイルの家にでも、和風の家にだってしっくりなじみます。置く場所や並べ方、使い方の想像力がどんどん広がる、イメージのたくさん詰まった箱なのです。

井藤昌志 (いふじまさし)
66年岐阜県生まれ
95年岐阜県立高山技能専門校 木工工芸科卒業
永田康夫氏に師事
03年イフジ家具工房設立
松本市在住
http://www.ifuji.net/

ラボラトリオ
松本市大手1-3-29
0263−36−8217
11:00-18:00/不定休


このピンクッションは、Envelope ONLINE SHOPでも扱っています。