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25.12.05

《つくり手ファイル》横振り刺繍が紡ぐ、野の花のジュエリー/鬼塚友紀さん

横振り刺繍の技術を受け継ぎながら、自然の草花が放つ瞬間の輝きを、ジュエリーとして形にする鬼塚友紀さん。いけばなで培った感性を生かし、私たちの暮らしに取り入れやすいかたちで伝統技術の魅力を届けます。

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■相棒のミシンとともに

鬼塚さんのものづくりの話を紹介するには、まず道具の話をしなければいけない気がします。

横振り刺繍の作品づくりになくてはならないのが、特殊工業用ミシン。鬼塚さんが使うのは、廃業した刺繍工房から譲り受けた年季の入ったJUKI社製、すでに生産は中止されているそうです。

「鉄の塊のような重厚感があるんです。冬の朝にはびっくりするほど冷たくなりますが、毎日油を差しては愛でている、可愛い相棒です」

職人や使えるミシンが限られているため、あまり広くは知られていない「横振り刺繍」。その技法は振袖や打掛、半衿などの和装品に用いられてきました。

ミシンって針が上下に動きますよね。でも横振り刺繍用のミシンは針が左右に動くんです。

その振れ幅を調整するのは、操る人の膝。手で布を動かしながら、コンピュータ制御では生まれない柔らかく味わい深い表情を紡いでいきます。

▲手・足・膝を同時に動かしながら、描くように制作します

■刺繍に向き合った、職人時代

鬼塚さんが横振り刺繍を習得したのは、仏具や袈裟を修復する職人時代。

ただ新しいものをつくるのではなく、「修復してでも使いたい」と思われるほど大切なものに手を加えて受け継いでく。その本質に強く共感し、それまでの服づくりから転向して修復の世界へ。

5年間、京都で職人としての仕事に打ち込みます。

「京都では、20代から80代まで、約30人ほどの職人さんが在籍する会社でお世話になりました。

全国のお寺から袈裟や仏具の仕事が集まるところで、同期入社は3人、皆さん和裁士の方々でした。洋裁を学んできた私にとって、目に映るものも手で触れるものも、すべてが新鮮でした」


当時は会社員として雇用されていたため、安定した環境で仕事に向き合えたそう。「本当に恵まれた環境で働かせてもらった」と鬼塚さんは振り返ります。

「師匠から教わったことで特に印象に残っているのは『横振り刺繍は、焦りや不安といった心の状態がそのまま糸に表れる』という言葉。

だからこそ、心を落ち着けて、余裕を持って刺繍に向き合うことが大切だと教わりました。その教えは、今でもずっと自分の中で大切にしています」

■伝統を取り入れやすいかたちに

yuki onizukaが誕生したのは、今から5年前の2020年。伝統的な手仕事を未来につなげたいという思いから立ち上げたブランドです。

「現在、横振り刺繍は職人の高齢化により、静かに日本から失われつつあります。だからこそ、学んだ技術を未来に繋げていくことが私の務めだと感じています。

その第一歩として、誰もが日常に取り入れやすく、目に触れる機会の多い『ジュエリー』という形で横振り刺繍を広めていきたいと思ったんです」

作品のモチーフになっているのが植物。露草や山紫陽花、苔桃の花など、身近な草花が表現されています。そこには修復の仕事と同時にに学びはじめた、いけばなの感性が息づいています。

「花の茎の曲がり方や葉の虫喰いなど、その植物がもつ個性を生かすようにしています。

完璧に整えるよりも、少しのゆらぎや不均一さの中にこそ自然の美しさがあると思うんです。そんな余白を大切にしながら針を進めています」

■作品に息づく、ありのままの美しさ

アトリエがあるのは、八ヶ岳南麓の森の中。

大きな窓から望む八ヶ岳の稜線、リスや鳥たちの姿、季節ごとに表情を変える森の風景――そのすべてが、日々の制作に静かに寄り添っています。

散歩中に目にした植物がそのままモチーフになることもあるそうで、自然のありのままの美しさが、作品の立体感や生命力として息づいています。

素材には着物の帯や西陣織にも用いられる京都産の織り糸、そして光を通すオーガンジー生地や銀糸を使用。

植物の儚さと力強さを繊細に写し取り、みずみずしく花開く野の花の息づきをそのまま閉じ込めたような、のびやかな美しさを宿しています。

「『刺繍を始めました』『この植物を育ててみたくなりました』といった声をいただけることは、
何よりの励みになっています。

手仕事の温かさや日本の美意識が日々の暮らしにそっと息づくよう、一針一針に想いを込めて。身に着ける方の日常に、ささやかな喜びや驚きが生まれるような作品づくりを続けていきたいと思います」




写真提供:yuki onizuka(3、9、10枚目をのぞく)

カテゴリ:エンベロープセレクト, つくり手ファイル

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