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22.03.12

《つくり手ファイル》ベトナムヴィンテージを未来に伝える emMèoのうつわ 伊藤貴子さん

巧みに描かれた花模様と土っぽい素地が生むやわらかな手触り。新しいのに懐かしい思いに駆られる作品たちは、ベトナム人の作家Huynh(フィン)さんによる「ソンベ焼き」と呼ばれるもの。かつてベトナムの日常のなかにあったこのソンベ焼きですが、需要が少なくなり衰退しつつあるそう。ベトナムに愛着を持ち、その魅力を熱心に伝える日本人の伊藤貴子(あつこ)さんにお話を聞きました。
emMèo(エンメオ)のベトナムのうつわは、フラワーマーケット期間限定で28日(月)10:00までご紹介します。

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■うつわ好きの心をくすぐる、やわらかな手触り

20年以上続けているグラフィックデザインの仕事の傍ら、ベトナムを愛し、2019年にベトナムの雑貨を紹介するオンラインストアをオープンしたという伊藤さん。その後ベトナムの作家フィンさんと出会い、バイイングを通じてベトナムの魅力を伝えています。

「ベトナムには2003年、姉夫婦が結婚式をあげるために家族で訪れたのが最初でした。

ベトナムは目上の人を敬う気持ちがとても強く、そのとき当時96歳のおばあちゃんも一緒で大所帯だったのもあり、とても歓迎されました。その時に知り合ったみんなとは今でも家族ぐるみで仲良くしているほどで。

結婚式をきっかけにベトナムが大好きになって、たびたび訪れるようになり、ベトナムのうつわやグラスなど雑貨もお土産としてよく買って帰るようになりました」

▲日本のうつわなら益子焼や沖縄のやちむんなどが好き、と伊藤さん。取材にうかがった神奈川のご自宅には数えきれないほどのうつわがありました

「私が気に入ったのは、昔からある窯元で焼成された土っぽい手触りのベトナムのうつわ。新品つやつやみたいなものよりも、古いものが好きというのが自分のベースにありました。ベトナムヴィンテージは、ものによって傷やダメージもありますが、ゆがみや色むらに味わいがあっていいんです」

現地に足を運びながら、こういうのが欲しい、これではない、そんなやりとりを何度も何度も繰り返してくうちに自分ひとりでは行き着けないところで古いうつわを見せてもらえるようになった、と伊藤さん。ヴィンテージの買い付けは、古くから続く窯元の倉庫から発掘されるものもあれば、個人の方から譲ってもらうことも。

「ベトナムの人は最初、日本にはすごくいいものがたくさんあるのに、なんでこんな古いうつわが欲しいのだろうか、と理解しづらさそうな反応でした。その思いとは反対に、絵柄やこのやわらかな手触りに惹かれて、私は出合うたびベトナムヴィンテージに魅了されて……」

昔は食堂や家庭での使用を目的に大量に生産されていたベトナムの窯業。しかしだんだんと陶器がプラスチック製品に置き換わるようになり、衰退しつつあるのが現状のよう。

▲賑わっていた頃の市場の様子。ベトナムは成形、絵付け、窯など分業でうつわがつくられている

「ベトナムのうつわは現地の人のあたたかな空気感やおおらかさも感じるし、戦中の時代のものは、そういう厳しいときゆえの表現があり、ストーリーを感じることができるのもベトナムヴィンテージの魅力です。

ベトナムでは作家という概念が希薄で、うつわはまさに民芸。暮らしの中にあるデザインなんです」

■ソンベ焼とバッチャン焼

南北に細長い地形をしているベトナム。ベトナムのうつわの特長は北と南で大きく分けられると伊藤さんはいいます。

「南部を代表するのがソンベ焼き。ソンベ省(現ビンズォン省)でつくられていた民芸皿のことをいいます。クリームっぽい地の色味に花の絵が艶やかに描かれているものが代表的なデザインです」

▲ソンベ焼き
▲伊藤さんが紹介している Nắng ceramic のうつわ

「1800年代の終わりから、ベトナム南部はフランスの植民地時代がはじまります。建築やうつわにフランス統治の名残りがあり、ソンベ焼きはまさにフランス色。

ほかには青の釉薬を使った淡いエメラルドブルーのような色も。この色は水産業が盛んなフィンくんの地元の地域のボートや家の扉などで見られる色のようです。南部に暮らす人に好まれている色だと話していました」

▲フィンさんの地元の水辺の風景

「ソンベ焼きには、食事を盛りつけるうつわの見込み部分に3つ目跡がついています。これは重ねて焼く際、お皿とお皿の間に粘土をかませているからなんです」

▲ソンベ焼きのプレート。よくみると粘土の目跡が小さく3つ残っているのがわかります

「ソンべ焼きの中でも、古いものは、ソンベ省のライティウエリアからうつわづくりがスタートしたことからライティウ焼きと呼ばれています。ライティウ焼きには輪っかがついたものもあります」

▲ライティウ焼き

「そしてベトナム北の伝統的なうつわが、バッチャン焼き。バッチャンは首都ハノイの郊外にあるバッチャン村でつくられているもので、今もたくさんつくられています。

1950-70年ごろに作られていたものの多くは戦争の影響が大きく、小ぶりなものが多いです。戦時下の食事でも貧しい気持ちにならないよう小ぶりなお皿にたっぷりと盛り付けていたことが想像されます。この頃のお皿はオールドバッチャンと呼ばれています」

▲バッチャン焼き。うつわの腰部分までは窄まっているが、口まわりの見込み部分は広い

「代表的なバッチャン焼きは、とんぼや菊の花など自然を描いた素朴な柄が多いです。

このうつわ(上部写真)が作られていた時代の北は特に厳しい生活を強いられていたので、器が小さいこと、そして華やかな南のソンベ焼きに比べて、藍色一色で描かれていることも特徴。ノスタルジックな佇まいがあり、今となるとそれも魅力です」

■理想を追い求めて出会った、同じ思いを持つ作家

ベトナムを訪ねては日本に帰ってベトナムヴィンテージの情報を集める。伊藤さんはそんな日々を過ごすうちにベトナムの美術大学で工芸を研究するフィンさんの作品に出会います。

「作品の写真を通じてみつけたので、最初は手触りなどはよくわからなかったんです。でも絵柄や雰囲気は自分が求めていたヴィンテージの絵付けに近しいものでした」

「私はベトナム語が話せないので、古くからの現地の友人にフィンくんを探してもらったんです。

フィンくんはベトナムヴィンテージを敬愛し、色んな窯元を自ら訪ねては技術を教わり練習し、絵付けを覚えていました」

▲製陶所で作業するフィンさん
▲絵付けをしている様子。フィンさんはベトナムでヴィンテージソンベを一通り習得している唯一の存在だそう

■大切なもの、そうじゃないもの

伊藤さんが紹介する Nắng ceramic シリーズはフィンさんが独学で習得した昔の絵付けを再現したもの。

▲Nắng ceramic の作品を焼成している ビンズン省にある窯元
▲登り窯の横には薪がぎっしり
▲登り窯に火入れしている様子

「日本人はどう思う? そんなやりとりをフィンくんとよくします。たとえば、ソンベ焼きの目跡(見込みの部分に3つ付く足跡のこと)も、最初はこの目跡を一切付かないように焼いていたんです。

それはお皿を10枚重ね焼きをするところ、9枚はオーナーさんのうつわでいちばん上に、Nắng ceramicのうつわを置いて焼いてもらうということなんです」

「目跡はあまりきれいなものじゃないよねという考えで一回はとったのですが、いちばん上の段ばかりだと灰が飛んでざらがつきがでたりすることもある。フィンくんにどう思いますか?と聞かれて、私は重ね焼きがあるからこのお皿が存在するわけで、それはソンベ焼きの特長だから悪いものだと思わない、と答えました。

フィンくんからの日本人はきらいですか?の問いには、このうつわが好きな人だから大丈夫じゃないかな、と。3つの目跡はソンベの証だから、そのつくり方ならではの跡を残していくことがソンベ焼きへの敬意ではないかとそのままにしたんです」

■好きを通じて繋がる世界

神奈川在住の伊藤さんとホーチミン在住のフィンさんの通信手段はビデオ会話とメール。世界が激動のこの2年半のあいだにふたりは出会ったため実際に会ったことがありません。それでも少しずつお互いの話をしていくうちに、私のことをとても信頼してくれていると感じるようになった、と伊藤さん。

ベトナムヴィンテージという共通の話題から始まったふたりですが、お互いに猫を飼っていることが分かり、最初その写真ばかりを送り合っていたそうです。心の中にある価値観、目に見えない大切なものでつながっていたのかもしれません。

「私はフィンくんの作品のファンとして、そのうつわの魅力や背景をお客さまにきちんと届けたいという思いでやっています。

そのためにできることは、日本とベトナムのあいだに入って彼らの考えや文化をうつわと一緒に伝えることだと思っています。

小さな反応などもそのまま伝えること。そういうことが彼やベトナムの地から求められていて、私にできることなんじゃないかと思ってるんです」

写真提供:7、12、13、21~27枚目 emMèo

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カテゴリ:つくり手ファイル

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