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21.02.08

《おいしいつくり手》畑から食卓へ、落花生からうまれるつながり/「Bocchi」加瀬 宏行さん

それはまるで畑に蒔いた一粒の種が、土の中で沢山の実をつけるように。落花生からモノとひと、ひととひと、様々な結びつきをつくるのが、今回ご紹介するピーナッツブランド「Bocchi」の加瀬宏行さんです。千葉県旭市の工場にお邪魔し、お話を聞きました。

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■このままでは産業自体が危ない

落花生の産地といえば千葉県が有名ですよね。実際、国内の生産量の約8割を占めています。

でももう少し引いた目で見ると、国内の流通はほぼ輸入品が占めていて、さらに名産地である千葉県の生産者も減少傾向にあるのだそう。

創業75年のピーナッツ製造・販売会社セガワの3代目である加瀬宏行さんは、そんな状況に危機感を抱きます。

「一番の原因は、売り方が昔から変わっていないからだと思います。千葉県の落花生は贈答品という位置づけで、それは素晴らしいことではあるのですが季節商材に近いような売り方しかしてきませんでした。

秋口から売りはじめて、節分の2月3日までに売り切らなければいけないという売り方なんです」

「相場を決めるのは私たち問屋で、毎年波があるんですよ。輸入品が入ってこない年は高く売れるけれど、豊作がつづいた後は安く買われてしまう。落花生の出来とは関係なく、問屋の腹持ち事情なんです。それって結果的に農家さんの首をしめているんじゃないかなって思ったんです。

この構造を変えて年間を通した商売をしない限り、産業自体が終わってしまうのではないかと『Bocchi』を立ち上げました」

▲Bocchiブランドから生まれた「畑で採れたピーナッツペースト」。落花生の味が活きるようにつくられています

■落花生と関わる人が増えるように

「Bocchi」の製品に使われている落花生は、県内の契約農家とともに、休耕地を借りて自社で栽培しているものです。

「農作業の経験が全くなかったので、特に1年目は悲惨でした。カナブンなどの虫が大発生してしまい、理想の半分も収穫できませんでした」

▲Bocchi代表の加瀬宏行さん。スタッフの佐々木正さんとともに旭市内に数か所ある畑で育てています

「毎年失敗しながらやっています」と苦笑いしながらも、その理由について加瀬さんはこんな風に話します。

「生産者の方々に新たに落花生をつくってくださいってお願いする前に、自分たちが同じところに立たないといけないと思ったんです」

はじめて農業をする人にも指導ができるように、サポート体制を強化していきたいという思いのもと、落花生農家が減る中、昨年は新しい生産者が2軒増えたのだそう。

さらに「ほかで安く買われちゃったから面白くなくてさ。やるならセガワさんと」という生産者も加わり、耕す仲間は少しずつ増えています。

落花生に関わる人を増やすという意味では、手むき作業もその一つ。畑にまく種はまさに私たちが食べている落花生なのですが、その地道なむき作業は福祉施設や近所のおばあちゃんにお願いしてきました。

「そのおばあちゃんは104歳まで生きたのですが、近所の人からは『あんなおばあちゃんいつまで働かせるんだ』って言われたらしいんですよ。

でもご自身は『この年になっても曽孫にお小遣いをあげられるなんてうれしくてたまらないんだ』っておっしゃってました」

現在殻むきの仕事は、3つの福祉作業所と7軒の生産者さんに依頼しています。少しでもその人たちの雇用を増やせないかと、種だけでなくすべて手むきの落花生を使用した特別なペーストを企画中だそうです。

▲根気が必要な手むき作業。表面に傷がつかないように作業する技術も必要

ブランド名の「Bocchi」とは、収穫した落花生を畑で乾燥させる方言「らっかぼっち」から名付けられています。

機械ではなくお日様のもとでゆっくりと乾燥させると、落花生は糖を蓄えて甘味が増すのだとか。砂糖なしのペーストでも充分甘さがある理由は、こうした昔ながらの方法によるものなのです。

今にもモゾモゾと動き出しそうな愛らしいぼっちが並ぶ、産地ならではの秋の風物詩。この風景を残しておきたい。製品づくりに関わるすべての人とともに、誇れるものを手掛けていきたい。そんな願いのもと、Bocchiは落花生の可能性を追求しつづけています。

■妥協なき職人がいるから、つづけられる

きっと初めて食べた人は驚くであろう、なめらかなピーナッツペースト。完成するまでには1年かかったといいます。

というのも、信頼を寄せるベーカリーのシェフに試作を食べてもらったところ「舌ざわりが悪いね」と言われて、改良を重ねたのです。

完成したペーストを手に、自身に課したノルマは1日3件。千葉県旭市と東京都内を片道2時間かけて通う営業の日々がはじまります。

最初は苦戦したそうですが、やがてその味が認められ数珠つながりのように広がっていきます。その中であるシェフが「僕は有名だからとか評判がいいからっていうのはあてにしない。自分が食べて直感でおいしいと思ったのじゃないと」といって選んでくれたのがうれしかったと加瀬さんは振り返ります。

シェフを招いて畑や工場へのツアーを実施したり、一緒にイベントに参加するなどさまざまな交流から、Bocchiの製品を使ったパンやお菓子も誕生。製品販売だけにとどまらない、ともに新しい落花生のおいしさをつくる関係が築かれています。

「ありがたいことにうちの職人はこだわりが強いんですよ」と加瀬さん。完成までの工程は20以上。その間何回も選別が行われて、選りすぐりの落花生だけが製品になります。

焙煎やすりつぶしなどの作業も、そこまでやるの?という妥協のなさで行われるそうです。

そしてあのなめらかさをつくる要素の一つとなる落花生オイルも、この春から自社での低温圧搾方式に変更。

作業効率は下がるけれど、高熱がかからない方法で搾油するので酸化しにくく、栄養素も損なわれない、より品質の高いものにリニューアルします。

それと同時に、ロスを出さない製品づくりを目指し、現在お菓子の商品開発なども進行中。持続可能な製品づくりをすすめています。

■未来につないでいく、落花生のある食卓

Bocchiでは自社の畑を会場に、種蒔きや収穫体験を行っています。子供から大人まで集うイベントの写真を見せてもらったのですが、これが本当に楽しそう。

ファーミング体験のあとは、海からの穏やかな風が通り抜ける畑でのお昼ごはん。食後はパティシエがつくった落花生を使ったお菓子を味わい、紙飛行機大会などのゲームをして……大人も子供に戻るひとときなのだとか。

エンドユーザーとの距離を近づけるこうした催しは、Bocchiのスタッフにとっては直接声を聞ける機会。自社製品への自信につながります。

そしてもう一つ、幼いころから身近に落花生があり、長じて2児の父となった加瀬さんならではの視点もあります。

「畑での楽しい体験は、子供の記憶に残ると思うんですよね。今台所に立つ人が少なくなってきてるじゃないですか。まあ僕もそうなんですけど(笑)

何でもコンビニで買えて、いただきますと手を合わせる人が少なくなってきている中、落花生を通して食べることの意味を深く掘り下げていきたいんです。楽しくね」

生産者と、それを料理する人、食べる人との間に立つことで生まれる、さまざまなつながり。それはいつか実を結び、次の世代に受け継がれるはず。らっかぼっちが並ぶ長閑な風景とともに。

写真提供:Bocchi(4、5、6、7、13枚目)

カテゴリ:エンベロープフードホール, おいしいつくり手

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