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23.03.14
≪つくり手ファイル≫銀粘土に花を写して/古橋路子さん
銀粘土に命を吹き込むように、植物の装身具を手掛ける古橋路子さん。静かな時間が流れるアトリエで、植物の移ろう気配を感じながらものづくりをしています。「花を写しとってかたちにする」、その制作風景を見せてもらいました。
■花の移り変わりを感じながら
アトリエにうかがったのは1月終わりのこと。鈍色の空の冬らしい日でした。
バス通り沿いの建物の階段をカンカンカンと上り扉を開けると、春を告げる花と古橋さんが迎えてくれました。
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昔ながらの窓格子から光が注ぐアトリエには、作品のほかに使い込まれた制作道具や古い家具、花や植物。そしてドライフラワーが息を潜めるように静かに室内を彩っていました。
「これでもだいぶ処分したけれど、すぐに増えてジャングルのようになってしまうんですよ。
いただいた花も庭の花も生花で終わらせるのではなく、ドライにしたくなってしまうんです。脈が出たり、雰囲気が変わっていく様子が好きなんです」
旬の状態から移りゆき、それが「一番好きな状態」になった瞬間、つくりたい気持ちが芽生えるのだそうです。
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■ブローチの制作を見せてもらいました
はじめて古橋さんの作品を見たとき、その細やかさに驚き、それが庭で育てた植物を写したものだと知ったときにもう一度驚きました。
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植物を写し取るって?気になりますよね。制作の様子を見せてもらいました。
作品に使われるのが銀粘土。銀の微粉末と水、接着成分を練ったもので、つくるものに合わせて硬さを調整します。
この日素材にしたのは、去年の夏に庭で摘んだ紫陽花「アナベル」。可憐な白から徐々にグリーンになったアナベルは今も色褪せずに瑞々しさを感じさせます。
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銀粘土を塗るのは、花や葉の裏側。加減によってはちぎれることもあるので、そっとなぞっていきます。赤ちゃんの頬をなでるように優しく、優しく。
見ているこちらが思わず息を止めてしまう繊細な作業ですが、ここからあと数回塗り重ねていくのだそうです。
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「紫陽花って私たちが思っている花びらは、実はガクなんですよ。本当の花はつぼみのような部分なんです」時折そんな風に植物のことを教えてくれながら、装身具づくりは進められます。
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塗り終えたら、窯焼きの工程です。
「高温で焼くので植物が一瞬でなくなるんですよ。上にくしゅくしゅって縮まっているのがアナベルです」そう言って見せてくれたのがこちら。そこには銀の花になったアナベルの姿がありました。
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使い込まれたブラシをかけると、花脈がくっきりと際立ってきました。
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同じように制作したものと重ね合わせて再び焼いてを経て、アナベルはブローチになりました。6月の雨がぽとんと落ちて、まりのようにふんわり咲いた花が揺れる。そんなシーンが目に浮かぶようです。
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■銀粘土の可能性
そしてこちらはセージを写し取ったリング。アナベルと同じく夏の庭で収穫したもので、身につけると細かい凹凸が光を受けて輝きます。
「セージってこんなにきらきらするのだとつくってみて発見しました。小さな粒の感じはどれも違い、時間とともに硫化して、より植物らしさが出てくるんですよ」
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「起毛しているものや逆につるりとした植物は難しいけれど、大体の植物は写すことができます。どうにかしてかたちにできないかって花や葉の裏側を確かめたり、ついそういう目で植物を見てしまうんです。
銀粘土は粘土細工だと思ってもらえればわかりやすいかもしれません。写す以外にも手でこねてかたちをつくったり、シリンジで模様を描いたり、様々な表現ができるんですよ」
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植物がそれぞれ違うように、古橋さんの作品にも同じものがなく、この世にひとつだけのものです。
例えばアトリエを照らす、こちらのランプシェード。モチーフはレースフラワー、よく見ると一つずつかたちが異なっていて、その細かさにただただ驚いてしまいました。
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「このときは、小さな花びらを300個くらいつくりました。私は大輪の花より、小花に惹かれます。小さいものを一つずつつくるのが好きなのかもしれないですね。
型を取ってつくってはと言われることもあるのですが、一つ一つの違いを感じて楽しんで頂きたくてずっとこの方法でつくっています」
■出会い、かけ合わせから生まれるもの
以前はドライの花でリースをつくっていた古橋さん。ふとしたきっかけで銀粘土と出合い学ぶようになってからも、制作のモチーフになったのはやはり植物でした。
その後資格を取得して今は自身の作品づくりだけでなく、この場所で教室も開いています。
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活動から12年を迎えた今年のはじめ、活動名を「Furuhashi michiko」作品を「kakeawase」とし新たにスタート。庭や道端に咲く植物、時を重ねた道具、さまざまなものや人との出会い、それらがかけ合わさって作品は生まれます。
落ち葉を踏みしめた時のかさっとした感触や、ミントの葉をちぎったときの香り、美しい植物を目にしたときの歓びなど、古橋さんの作品は写実的なだけでなく、植物にまつわる記憶も呼び覚まします。だからこそ心に響くのかもしれません。
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