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18.10.26
《おいしいつくり手》有機の梅でつくる本物の梅干し/「やさしい梅屋さん」深見優さん
梅干しの名産地といえば、和歌山県。仕入れた梅を加工するメーカーが多い中、自ら梅を育てているのが「やさしい梅屋さん」の深見優さんです。県内でも珍しい、有機栽培での梅づくりに取り組む深見さんにお話を聞きました。
■梅から育てる、梅干しづくり
「着きましたよ、あのガードレールから下がうちの畑です」そう言って、深見さんが示した方には足がすくみそうな斜面がありました。
ここは里山の頂上。いのししや鹿、キジなど野生動物がのびのびと暮らす場所です。
長靴で作業すると靴擦れするほどの斜面に並ぶ梅の木は、500~600本。2月になると白い花を咲かせ、5月の半ばには枝もたわわに実ります。
そして6月、黄色に完熟した梅がぽとんと落ちた時が「おいしくなりました」の合図。畑に敷き詰めたネットでキャッチして手で集める、収穫の日々がはじまります。
やさしい梅屋さんは、昭和15年創業の深見梅店が運営する有機梅干し専門店です。
4代目である深見さんが原点に立ち返ろうと、農業を再開。やさしい梅屋さんの商品は、栽培から加工まで一貫して自社でつくられています。
■家族の顔を思い浮かべて選んだ「有機栽培」
深見さんが取り組んでいるのは、無農薬・無肥料での栽培です。2009年よりスタートし、お子さんが生まれた5年前には「有機JAS認定」(※)を取得します。
「家族に安心して食べさせられるものをつくりたい、という思いがありました。2003年に有機JAS認定を取得してから、毎年継続して認定をもらっています」
※農林水産大臣に登録された第三者機関による監査・実施検査をクリアして認定される。
有機ならではの大変なことは、収穫量が少ないこと。通常の梅畑と比較すると10分の1しか採れません。草刈りも除草剤を使わないので、手作業で1週間かけてます。
「このあたりでこんなことをやっているのは、うちだけ。だから変わりもんや変わりもんやって言われました。でも、ずっとつづけてきたら近所の人も気にかけてくれるようになって、今年から有機をはじめるという人もいるんですよ」
そう嬉しそうに話す深見さんの夢は、この場所から梅の有機栽培を広めること。もっと多くの人に知ってもらいたいと話します。
「有機が一番とは言えません。選ぶのはお客さんだから。こういう梅もあるんですよって、選択肢を提供できたらと思ってます」
■有機梅と塩だけで本来のおいしさを追求
やさしい梅屋さんでは農園だけでなく、梅干しをつくる加工施設でも有機JAS認定を取得しています。
山の麓にある加工所でつくられるのは、昔ながらの保存食としての梅干し。一般的には3か月塩漬けするところ、1年間塩蔵してから天日干しをしています。その後梅樽に入れて、長いものでなんと3年以上も熟成させています。
梅干しに使われるのは、梅と塩だけ。保存料や旨味を加えるための化学調味料は使わずに、じっくりと熟成させることで長期保存を実現させています。
■家族を結びつけた梅干し
今でこそこれだけ梅に情熱を注ぐ深見さんですが、もともと梅が嫌いだったと言います。
「幼いころは祖父や父が木樽で漬けこみをしている側で遊んでいて、梅は常に身近にあるものでした。なのであえて食べようとは思わなかったんです。
天日干しも一般家庭で行う量ではないので、同級生に“梅臭い”とからかわれたことも嫌いだった原因かもしれません」
今の道につながる一つのきっかけが、大雨による土砂災害で加工施設が全壊してしまったこと。大学生の時でした。
「自然の脅威にはどうやってもらがえないですよね。その時は半年間大学を休学して、父と建て直しにあたりました。家族が団結して、あらためてうちの梅干しのよさに気付きました。
大学卒業後は違う仕事に就きましたが、そんなこともあっていつかは戻らないと、と思っていたんです」
製造に携わるスタッフが買い物をしてくれると、何よりうれしいと話す深見さん。家族や身近な人に食べさせたいと思う梅干しをつくりつづけます。
カテゴリ:エンベロープフードホール, おいしいつくり手
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