イベント・ニュースや読みもの note
18.06.20
《つくり手ファイル》エタノールでみんなをつなぐ/FERMENSTATION酒井里奈さん
化粧品などの成分表示でよく見かける「エタノール」。みなさんは、それが何でつくられているか知っていますか。FERMENSTATION(ファーメンステーション)はお米でエタノールをつくる会社。トレーサビリティのしっかりとした製品をつくるとともに、モノをつなぎ人をつなぐ、とてもユニークな取り組みをしています。つくり手である酒井里奈さんにお話を聞きました。
■使っていなかった田んぼから
「今日はおみやげを持って来たんですよ」
そう言って酒井さんが渡してくれた包みを開けると、中に入っていたのは卵。産みたてだという薄茶色の卵が、大切に包まれていました。
「うちが育てた米の発酵粕を食べている鶏の卵なんです。普段は産直で売り切れてしまうんですが、たまたま沢山産まれたのでお持ちできました」
いただいた卵は、特有の生臭さがなくさっぱりとしたおいしさ!米を食べているからか黄味はきれいなレモン色で、さらりとしていました。
エンベロープで販売するアウトドアスプレー、洗顔石鹸そしてこの卵。すべてをぐるりとつなぐのは、岩手県奥州市の田んぼです。
以前は使われていなかったという田んぼ、どんなきっかけで有効活用されるようになったのでしょうか。
「奥州市は米どころなんですけど、田んぼの3分の1がちゃんと使われていなくて、休耕田を活用しようという話があがったんです。
その中で先進的な農家のおじさんが、米を燃料にして車を走らせようと言い出して、興味をもった市役所の方が東京農大の教授に声をかけたんです。
私自身はもともと銀行で働いていたんですけど発酵が好きで…」
―発酵が好き…?
「ええ(笑)バイオ燃料をつくりたかったんです。世の中には生ごみがたくさんあるからそれを燃料にしたくて、会社を退職して東京農大に入学しました。
その奥州市での実証実験に私の教授が参加することになったので、生ごみと同じ米も使っていない資源だからと私も手伝うことになりました」
「実験を重ねて、米でエタノールをつくり燃料にすることができたのですが、コストが合わなくて…。
お米のエタノールを生かすために色々と調べて、化粧品の原料にすることに。誰もやる人がいなかったので、事業として引き継ぎました」
■米の粕は宝の山だった
まずは事業をまわすために売るものをつくらないと!ということで、最初に誕生したのが洗顔石鹸「奥州サボン」でした。
「エタノールをつくった後に粕がでて、私たちは“米もろみ粕”と呼んでいるんですけど、米ぬかや麹、酵母が含まれていて宝の山なんです。ヒアルロン酸保持効果も認められていて、保湿力が高いんですよ」
私たちも実際に使ってみた石鹸は、さっぱり気持ちよく洗えるのに、洗い上がりはしっとり。乾燥肌で石鹸洗顔は苦手だったスタッフも、これなら!と愛用しています。
■蚊は嫌いだけど、人は好きな香り
一方「お米でできたアウトドアスプレー」には、ファーメンステーションの主力商品であるお米のエタノールが使われています。
化学物質ディートは使わずに、コウスイガヤ(シトロネラ)やユーカリ、ハッカなど虫をよせつけない精油を配合。子供や肌が弱い方にも安心のアウトドアスプレーです。
「コンセプトは、蚊は嫌いだけど人は好きな香り。ハッカやユーカリが鼻通りをよくしてくれるので、夏だけでなく花粉や風邪の季節にもおすすめです」
―刺激があって肌がつっぱるのでエタノールは苦手たったんですけど、これは肌触りが優しいですね。
「普通のエタノールはそれはそれですばらしい工業製品ですが、純度が高いので水分を奪う性質があるんです。
うちは手づくりなので若干雑味が残ってしまい、考え方によってはできそこないなのですが、それがいい作用をしてくれているのではと思っています」
―日本酒のような香りを想像していたら、そうではなくて深みのあるアロマオイルの香りでした。
「お酒の香りがしないのは、アウトドアスプレーには精製水ではなく杉の水を使っているからなんです。杉のおがこを蒸留したフレグランスウォーターで、新潟県の障害者就労支援施設でつくってもらってます」
■エタノールも選べる時代になった
―ところで、一般的な化粧品に入っているエタノールはどのようにつくられているんですか。
「ブラジルやタイなどから蒸留したエタノールをもってきて、
―米由来のエタノールは、ほかに例があるんですか。
「私が知っている限りではないですね。うちのエタノールには製造番号を記載していて、いつどこで収穫されたのかがわかるようにしています。ここまでトレース(追跡)可能なエタノールはほかにはないのでは」
―成分表示にエタノールと書いてあるのはよく目にしますが、それが何なのかなんて意識したことはなかったです。
「今まで誰も気にしたことがなかったと思うんです。
砂糖や塩、油も種類や産地が選べるようになったのは、最近のことですよね。うちはそういう意味で、小さいながらもはじめてエタノールに選択肢をつくったのだと思っています」
収穫した米でエタノールをつくり、その粕を化粧品や鶏のエサとして生かすFERMENSTATION。さらにそのつづきもあって、鶏の糞は食用米や野菜の肥料として活用し、ぐるぐると循環させています。
2014年から地元の農家とともに奥州体験ツアーを開催。
ものづくりの様子を見たあとは、みんなで奥州のおいしいものを囲んで楽しむツアーには首都圏からはもちろん、国外からの参加者もいるそうです。
モノが結びつき、人が結びつく。それがすべて使われていなかった田んぼから生み出されたものなんて。
毎朝顔を洗いながら、スプレーをシュッとした時に、自分もまたその素敵な循環に加わった気持ちになります。
-
《つくり手ファイル》五感に響く、木の装身具/KÄSI 渥美香奈子さん
-
《つくり手ファイル》いぐさを編む、岡山ならではのかごづくり/須浪亨商店 須浪隆貴さん
-
《つくり手ファイル》北欧の暮らしに根付く白樺のものづくり/SUKOYA 迫田希久さん
-
《つくり手ファイル》自然の風景のように移りゆく、真鍮の装身具/BRASSYARD山中育恵さん
-
《つくり手ファイル》インドの手仕事にわたしたちらしさを重ねて/BUNON吉田謙一郎さん、浅野愛美さん
-
《つくり手ファイル》白樺にふれることで森の中にいるように/mori + ayaco yoshioka 吉岡綾子さん